「しっくりくる世界」を自分で作る

以前、登山サークルを主宰していました。

想像を超えてたくさんの反応があり、半年の間に50人を超える規模になりましたが、1年ほどで解散しました。その理由についてここで語ることはしませんが、正直な話を一つします。

参加希望のメールをもらう中で、ときには最初のメールだけで参加をお断りすることもありました。理由はいろいろありますが、共通しているのは「読まない人」です。

ネットで登山友達を探すとなればけっこう緊張するはずなので、募集内容を一生懸命読むものだと私は思うのですが、意外と多いんです。あきらかに読み飛ばして勘違いを抱えてメールしてくる人が。

その人だけがとんでもなくダメな人、というわけではなく、わりとみんな読まない、ということも次第に分かってきました。時間もないしテキストも溢れているしで、ネットの文章は飛ばし読みするのが当たり前になっているようです。

もし、ここまで読み飛ばすことなくちゃんと読んでくれている人がいるとしたら、それはおそらく真剣に登山仲間を探しているからだと思います。(読んでくれてありがとうございます)

それからもう一つ、主宰した経験から分かったことがあります。(参考になるかもしれないのでできればもう少し読んでください)

円満な人間関係を築きながらいい感じに登山を楽しんでいる「素敵な仲間たち」は、おそらくネット上をくまなく探しても見つかりません。万が一それに近い(そう見える)集団があったとしても、それは「私のための仲間たち」ではありません。が、そういう勘違いをしている人はけっこういます。

私も、自分で主催する前は某大手登山サークルに入ってみたりもしましたが、参加する側はどうしてもそういうイメージを持ってしまいがちです。素敵な仲間たちが私を待っている、と。

普通に考えれば当たり前の話ですが、そんなことはありません。募集している人たちは、自分たちのために仲間を募っているわけですから。

お気づきだと思いますが、かくいう私もどこかの誰かのために「素敵な仲間たち」をご用意しているわけではありません。私も自分のために募集をしています。

私にできるのは、私はこういう人間ですよと正直にお伝えして、こいつとならいい人間関係を築けるかもしれないという予感を抱いてくれる人が現れるのを待つだけです。小さな人間関係がいつか「素敵な仲間たち」に発展するかもしれない、と期待しながら山を登るだけです。

理想やイメージはいくらでも大きく膨らみますが、実際にできることは小さくて地味です。しかし、そういうコツコツとした積み重ねを続けることでしか信頼に基づいた人間関係は築けません。

サークルというのは、そういう過程をすっとばしていきなり集団を作って「私たちはいい感じです」というふりをする活動です。

皮肉や嫌味を言うつもりはありません。そういうのが好きな人や合っている人もいます。好きではなくても、とにかく手っ取り早く友達(あるいは恋人)を作りたい人にも向いています。 でもそういう人は、友達ができてしまったらもうサークルには用がありません。サークルはそういうジレンマを抱えています。

だから私は、とりあえず集団を作ることをあきらめて個人として登山友達を募集してみることにしました。決して、むやみやたらに知り合いを増やしたいと思っているわけではありません。一生ものの友人がメールひとつで手に入るとは思っていませんので、長い時間をかけてでも長く付き合える友人を作りたいと考えています。

ご連絡をいただいても私からは何も提供できないかもしれませんが、ここまで読んだ上で一度でも「たしかに」と思えた人となら仲良くなれるかもしれません。もし仲良くなれて、いい人間関係が築けたとしたら、私はそれをとても大事にします。

話は変わりますが、私は以前は塾講師として働いていました。小中学生に国語と社会をを教えていました。

3年生が卒業する日は毎年ちょっとしたさよなら会がありますが、ある年にこういう話をしました。

「今日、卒業するみんなに何話そうかなーとずっと考えていたんですが、まとめ切れなかったので二つ用意してきました。どっちが聞きたいか選んでください。人間は無力だ、という話と、人生は孤独だ、という話」

もくろみ通りみんな笑ってくれました。先生がどういう冗談を言うかよく分かっています。私はさだまさしをリスペクトしているので最後にひっくり返したいのです。

そのときの原稿はだいたいこんな感じです。

人生は孤独です。
人は一人で生きていくしかありません。みんなもそうです。私もそうです、孤独です。
理由はいくつもありますが、ひとつは、「伝わらない」という壁です。この壁は絶対に乗り越えることができません。
たとえば、今私がどういう気持ちでいるのか、こうして言葉を尽くして伝えようとしていますが、100%伝えることはできません。もちろん、いくらかは伝わります。でも、100%はムリです。これはもう、本当に絶対にムリです。どれだけ言葉を尽くしても、気持ちを完全に再現することはできません。これは言葉の限界です。

いろんな方法で努力することもできます。もし私が国語の教師ではなくて、抜群の歌唱力と演技力を持っていたら、長渕剛の「乾杯」を歌う方が今の気持ちは伝わるかも知れません。

聞く方も、想像することはできます。でもやっぱり、完全に理解してあげることはできません。他人だからです。
辛くてしんどいときも、飛び上がりたいくらいうれしいときも、自分とまったく同じ気持ちで共感してくれる人はどこにもいません。生きていると常に孤独を感じます。

人生は孤独です。
でも、だからこそ、言葉を大事にしてください。自分の言葉も、人の言葉も大事にしてください。たくさん勉強して、本を読んで、いろんな人と話してください。言葉がないと伝えることも考えることもできません。授業で同じような文章を読んだのを覚えてますか。ヘレン・ケラーを例に説明したあれです。
言葉があなたの世界を広げてくれます。

今日でみんなとはお別れです。また会うこともあるかもしれませんが、みんなの人生を助けてあげることはもうありません。今まで一緒にがんばったのは、たまたまこの場に居合わせたからです。この先そういうことはいくらでもあります。自分の人生は自分でなんとかしてください。

でも、みんなのことは大好きだし、伝えたいことがいっぱいあって、夜も寝ないで考えて、今日は言葉を選んできました。もう会うことがなかったとしても、いつか、そういえばあのときこんなこと言ってたなあとふと思い出してくれたとしたら、それはすごく幸せなことだと思います。そういう想像力こそが、人生の孤独をなぐさめてくれます。

登山サークルを主催しながらいろんな人と知り合い、仲良くなったりならなかったりしました。その過程で実感したことですが、関係を築く上でもっとも大事なものは「言葉」です。

話が盛り上がるかどうか、という単純な話ではないですが、それもひとつです。それが前提かもしれません。もちろん、人柄は言葉以外のところから多く見えてきます。ほんの一言二言ですぐ答えが出てしまうこともあります。

どんな言葉を持っているかで、その人の人生が見えてきます。どんな言葉を使えばその人の言葉を引き出せるか。会話とはそういうことだと思います。だから私は、いろんな言葉をぶつけてくれる人が好きです。レシーブもトスもアタックも全力でしてくれる人が好きです。ちゃんと仲良くなって登山をしながらいろんな話をしたいと思っています。

学校にしても会社にしても地域にしても、すでにあるコミュニティに入って自分のポジションを確保するのはけっこう大変なことです。ある人の言葉を借りていますが、生きることは常に「座席争い」だったりします。これまたある漫画家の言葉を借りるなら、どこかに「しっくりくる世界」があるかもしれません。あればラッキーですが、そう簡単ではなさそうです。だから、座席争いをやめて自分で作ってみませんか。

登山仲間はいつでも募集しています。

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