「一年に一回は」と言われたい

仕事で、というほどたいそうなものではありませんが、20人くらいの学生たちの付き添いで山を登ることがあります。国際的な活動をしている団体が外国人を山村へ連れてきて、ボランティアの大学生たちと日本的・農村的なアクティビティを体験しながら共同生活をする、というプログラムがあり、その一環として山を登ります。彼らは村に二週間近く滞在するので、部分的に関係者である私もちょくちょく出入りすることがあり、ボランティアの大学生たちの名前を覚えるくらいには話をする機会もあります。

そして、10人に1人くらいは、10歳も年が離れていてもけっこう仲良くなったりします。

登山サークルを主宰していたときも、いろんな人と知り合いましたが仲良くなれたのはやはり10人に1人くらいでした。年齢じゃないんだな、と思いました。

そして、仲良くなってくると私はどうしても誘いたくなってしまいます。

「今度一緒に行こうよ、登山」

運営上の都合でどうしようもないことなのですが、プログラムで登る山は残念ながらあまりおもしろくはない山です。私はわりとどんな山でも楽しめる方ですが、登山に興味がない人からするとさぞつまらないだろうなと思います。もちろん、ボランティアスタッフたちの情熱によってアクティビティとしては大いに盛り上がりますが、それだけで登山好きにはなれません。よって、

「いやー、登山は別に…」

という女子大生の反応はいたってノーマルで極めて当たり前、ということになります。しかも、一度つまらない登山を経験しているのでその判断には実感がこもっています。が、それにくじけず私は、稜線歩きが~別世界で~ボクもそこで登山にハマって~、と熱心に説得します。本当はもっと感動できるものなんだよ、登山は!

このサイトの募集要項には「登山デビューも積極的に応援します」と書いていますが、これは本心です。募集のハードルを下げたいという付け足しではなく、むしろそれこそが募集の最大の目的であるとさえ言えるかもしれません。乗り気じゃない大学生を熱心に誘うのと動機は同じです。

登山には人生を変えてしまうほどの魅力があるから、というのも一つの理由かもしれませんが、厳密に言うと違います。そういう可能性を持つものは登山だけではありません。むしろ何にでもあります。

やや分かりにくいかもしれませんが正確に言います。私には私なりに人生を通して人に伝えたいことがあって、それは誰かの人生の手助けになるかもしれないとさえ感じていますが、それを伝えるための効果的なアイテムとして私が持ち合わせているのは登山だけだからです。

私は、あまり人からは理解されにくい生活・生き方をしています。理解されにくいのでここでは説明しません。長い葛藤の末、今もときどき葛藤をしながらそれでもこの方向でやってみようと自分を納得させて実践している最中です。目的は、最初からずっと一貫しています。どこかの誰かに「こういう生き方もできるのね、安心するわー」と思ってもらうためです。

特に、仕事です。仕事のことで文字通り死ぬほど悩む人もいます。ここで私が「たかが仕事」ということは失礼になるかもしれませんが、考え方というのは付け外し可能なものであるべきです。本当に困ったときは「たかが仕事」という考え方を採用して生きにくい世の中をなんとか生き抜いてほしい、とお節介ながら思うことがあります。

自分で言うのもなんですが、私は塾講師としてはよくできた方だったと思います。生徒からの人気も、先輩からの信頼も、上司からの期待も得ていました。職場の上下関係に不幸があって辞めてしまいましたが、簡単にその選択をしたのはずっと前から「こんなに働かないと生きていけないもんかね、世の中は」と疑問に思っていたからです。

そんなはずはない、もしそうだとしたら、そんな世界はいやだ、というのが今の生活に至った動機です。

就職が決まったという大学生を見ると、決まって私はこう思います。何年かしたらこの子も仕事で悩みを抱えて下手すると心を病んでしまったりするんだろうなあ、と。

そして、そういうときに自分はきっと助けになれる、とも思っています。頭が固くなってしまう前なら。

だから、できればなるべく早く私のことを思い出してほしいわけです。そして、連絡をもらったらこう言いたいわけです。山に行くぞと。

登山のいいところは、ひたすら「歩く」ところと、長時間「話す以外にすることがない」ところです。

「歩く」ことは大事です。とにかく大事です。もはや説明の必要がないくらい根本的に大事なことです。でもあえて一つうんちくを言うなら、歩行時は脳の働きがきわめて活発になっています。集中力が高まっています。そういう状態で、有り余る時間を使って信頼できる相手とあーだこーだと語り合うことは、すごくいいことに決まっています。問題は何も解決してなくても、前向きな気分になれるはずです。

だから、誘いたがりで誘われたがりでもある私の目標は、その「信頼できる相手」になることです。そして、登山の楽しさを共有することです。ただ会いたいというより、一緒に登山に行きましょうの方が誘いやすいですから。

説得のかいあって、件の大学生たちと大菩薩峠を登ることになりました。

次があるのかどうかはまだ分かりませんが、十年くらい経ったころに「一年に一回はおおのさんと登りたくなっちゃうなあ」とか言ってくれないかな、なんてことを想像したりします。

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